アドストック・飽和(S字カーブ)とは?MMMの“中身”をやさしく解説
「TVCMを止めた月なのに、売上はそこまで落ちなかった」「検索広告の予算を2倍にしたのに、獲得件数は3割しか増えなかった」——広告の数字を見ていると、こうした「計算が合わない」場面に何度も出会います。
これは測定のミスではありません。広告の効き方そのものが、出した週に全部効くわけでも、出した分だけ比例して効くわけでもないからです。MMM(マーケティングミックスモデリング)はこのズレを前提に組まれていて、その中心にあるのがアドストック(残存効果)と飽和(S字カーブ)という2つの考え方です。
そこでこの記事では、この2つを図で解説します。統計やプログラミングの知識は前提にしません。目指すのは、MMMのレポートを受け取ったときに、そこに出てくる数字の意味を自分で読めるようになることです。
想定しているのは、分析を依頼する側・結果を使って予算を決める側の方です。実際にMMM分析を提供している立場から、レポートのどこを見ればこの2つが読めるのかまで書きます。
なぜ広告費と売上は比例しないのか
広告費を2倍にしても売上は2倍にならず、出稿をやめても売上はすぐには落ちません。原因は2つあります。効果が後の週へ持ち越されること(アドストック)と、投下量を増やすほど1円あたりの効きが落ちること(飽和)です。
広告の効果を「今週いくら使ったか」と「今週いくら売れたか」で並べて考えると、必ずどこかで話が合わなくなります。予算を積み増した週に売上が伸びず、止めた週にも売上が残る。担当者の実感としては当たり前のことですが、これを数字で扱おうとすると急に難しくなります。
MMMは、この2つのクセをモデルの中に組み込んだうえで、施策ごとの貢献度を推定します。逆に言えば、この2つを理解していれば、MMMのレポートに出てくる数字はほとんど読めます。順番に見ていきます。
アドストック(残存効果)とは
アドストックとは、広告の効果が出稿した週だけで終わらず、その後の週にも減りながら残っていく現象のことです。日本語では残存効果、繰り越し効果とも呼ばれます。どれくらい残るかは媒体によって違い、MMMではデータから推定します。
広告の効果はいつまで残るのか
今週テレビCMを見た人が、今週中に買うとは限りません。覚えていて、来週や再来週に買うかもしれません。つまり今週の出稿が、来週以降の売上を作っているわけです。この持ち越しを無視して「出した週の売上」だけで評価すると、効果が後から出るタイプの施策は不当に低く評価されます。
どこまで残るかに決まった正解はありません。商材の検討期間、施策の種類、接触した人の状態によって変わります。だからこそ、MMMでは値を決め打ちせず、データから推定します。
減衰率(decay)という考え方
残り方を1つの数字で表したものが減衰率です。「1週間経つと効果が何割残るか」を示します。減衰率が0.6なら、翌週には60%、その次の週には36%(0.6の2乗)が残る、という具合です。
同じ金額を同じ週に出しても、減衰率が違えば効果の広がり方はまったく変わります。この差を「効果が半分になるまでの期間」に直すと、感覚がつかみやすくなります。
| 減衰率 | 翌週に残る割合 | 効果が半分になるまで | イメージ |
|---|---|---|---|
| 0.3 | 30% | 約0.6週 | その週でほぼ終わる |
| 0.6 | 60% | 約1.4週 | 翌週まで効く |
| 0.85 | 85% | 約4.3週 | 1ヶ月かけて薄れていく |
よく「認知施策は残存が長く、刈り取り施策は短い」と説明されますが、これはあくまで傾向です。同じ媒体でも、商材やクリエイティブが変われば値は変わります。だから決め打ちせず、自社のデータから推定する必要があります。
効果のピークが遅れて来るケース
もう1つ、実務でよく起きるのがピークの遅れです。出稿した週がいちばん効くとは限らず、2週後にピークが来ることがあります。テレビCMを打ってから店頭に足が向くまでに時間がかかる商材や、検討期間の長いサービスでよく見られます。
アドストックが「効果が後に残ること」だとすれば、こちらは「効果が後から来ること」です。MMMのモデルは、この遅れも含めて形を推定できるようになっています。
飽和(サチュレーション)とは
飽和とは、投下量を増やしていくと1円あたりの効果がだんだん落ちていき、やがて頭打ちになる現象のことです。サチュレーション、反応の逓減とも呼ばれます。いまの出稿量がこの曲線のどこにいるかが、追加投資の余地を読む手がかりになります。
投下量を増やすほど効率が落ちる理由
理由は単純です。その広告に反応しやすい人から順に届いていくからです。予算を増やすほど、まだ届いていない人=相対的に反応しにくい人に届けることになります。同じ人に何度も出す場合も同じで、3回目より10回目のほうが行動を変える力は弱くなります。
媒体側の在庫にも限りがあります。単価を上げないと配信量が増えない状況になれば、同じ1円で買える露出は減っていきます。これらが重なって、投下量と効果の関係は寝ていきます。
S字カーブと逓減カーブの違い
飽和の形は、大きく2種類あります。
- 逓減型:最初がいちばん効率がよく、あとは落ちていく一方の形。すでに買う気のある人を刈り取る施策で見られやすい
- S字型:ごく少ない出稿では反応が鈍く、ある水準を超えると効率よく伸び、その後で頭打ちになる形。一定の露出量がないと認知が積み上がらない施策で見られやすい
この違いは、テスト出稿の判断に直結します。S字型の媒体を、立ち上がりに届かない少額で試して「効果がなかった」と結論づけると、判断を誤ります。逆に逓減型なら、少額のテストでも効率の高さは見えます。
「追加投資の余地」はここから読む
実務でいちばん使えるのは、いまの出稿量が曲線のどこにいるかという情報です。曲線上の位置が分かれば、そこから予算を増やしたときにどれだけ伸びそうかが読めます。これは曲線の傾きにあたり、MMMのレポートではmROI(限界ROI)として出てくることが多い数字です。
ここから読めるのは、「貢献度が大きい媒体」と「増やすべき媒体」は別物だということです。上の図で言えば、媒体Bのほうが売上への貢献は大きいかもしれません。それでも、次の1円を足すべきなのは媒体Aです。MMMが予算配分の判断に使えるのは、この区別ができるからです。
アドストックと飽和はどう組み合わさるのか
MMMは、媒体ごとの投下量にまずアドストック変換をかけ、次に飽和変換をかけてから、他の要因と一緒にKPIを説明します。つまりこの2つは、生の広告費をモデルに入れる前の「下ごしらえ」にあたります。
なお、この2つをかける順番は固定ではありません。GoogleのオープンソースMMMライブラリ「Meridian」では、飽和(Hill関数)をアドストックの前に掛けるか後に掛けるかを設定で選べるようになっています。減衰の関数も複数から選べます。
細かい話に見えますが、ここは結果に効きます。設定次第で推定される効果の形が変わるため、「オープンソースだから誰が回しても同じ結果になる」とはなりません。Meridianの設定については Google Meridianとは?できること・使い方・Robynとの違い で詳しく書いています。
なぜこの2つがMMMの精度を左右するのか
この2つのパラメータが、施策ごとの効果の大きさをそのまま決めてしまうからです。減衰率を短く見積もれば認知施策の貢献は小さく出ますし、飽和を考えずに直線で当てはめれば、投下量の多い媒体の効率を実際より高く見積もります。
パラメータをどう決めるのか
減衰率も飽和の形も、分析する人が決め打ちするものではなく、データから推定します。ただし、ここには限界があります。推定できるのは、実際にデータが動いた範囲の中だけだからです。
毎月ほぼ同額を出し続けている媒体では、投下量を変えたらどうなるかの手がかりがありません。曲線のどこにいるのかも、増やしたらどうなるのかも、データからは分かりません。「変動がないと推定できない」というのは、MMMという手法そのものの制約です。ツールを変えても解決しません。
ベイズ統計で「事前の知識」を入れる意味
データだけでは決まりきらない部分を補うために、近年のMMMはベイズ統計を使います。「減衰率はだいたいこの範囲だろう」という見立てを事前分布という形でモデルに渡し、データと突き合わせて最終的な推定値を出す、という考え方です。
これには良い面と注意すべき面があります。良い面は、週次で2〜3年分という限られたデータでも、実務の知見を足して現実的な推定ができること。注意すべき面は、その見立てが偏っていれば結果も偏ることです。だから、出てきた数値を実際の施策の中身と照らして確認する工程が欠かせません。
分析結果を読むときに見るべきポイント
レポートで見るのは3つです。レスポンスカーブ上の現在地、そこでの傾き(mROI)、そして推定の幅です。貢献度の大きさだけを見て予算配分を決めると、判断を間違えます。
- レスポンスカーブ上の現在地:いまの出稿量が、立ち上がりの手前なのか、効率の良い区間なのか、寝た区間なのか。増やす・減らすの判断はここから始まります
- その位置での傾き(mROI):次の1円がどれだけ効くか。全体のROIが高くてもmROIが低ければ、それ以上の増額は効きません
- 推定の幅:ベイズ推定なので、結果は1点ではなく幅で出ます。幅が広い媒体は「よく分かっていない」ということなので、その数字に乗って大きく予算を動かすのは危険です
もう1つ、実績データの範囲を大きく超えた配分は信用しないことです。月100万円の実績しかない媒体に1億円を入れる試算は、曲線の外側を延長しているだけで、根拠がありません。シミュレーションは、実績のある範囲の中でこそ意味を持ちます。
MMM全体の位置づけや、できること・できないことについては MMM(マーケティングミックスモデリング)とは?仕組み・分析手順・できること/できないこと にまとめています。
よくある質問(FAQ)
Q01アドストックと「ラグ(遅れ)」は同じものですか?
近いものですが、同じではありません。アドストックは「出した週の効果が、その後の週にも残る」という持ち越しのことです。ラグは「効果のピークが出稿した週ではなく、数週間あとに来る」という遅れのことを指します。実際の広告では両方が同時に起きることがあり、MMMのモデルはどちらも扱えるようになっています。
Q02減衰率は分析する人が決めるのですか?
値そのものはデータから推定します。ただし「だいたいこのくらいの範囲だろう」という事前の見立ては人が与えます。ベイズ推定では、この見立てを事前分布という形でモデルに渡します。つまり、勝手に決めるわけでも、完全にデータ任せでもなく、その中間です。
Q03自社の媒体が飽和しているかどうかは、どうすれば分かりますか?
過去に出稿量が動いた実績があるかどうかで決まります。曲線上のどこにいるかは、実際に投下量が上下した範囲の中でしか推定できません。毎月ほぼ同額を出し続けている媒体は、飽和しているのかまだ余地があるのか、データからは判断できません。この場合は、意図的に出稿量を変えて記録を残すところから始めることになります。
Q04S字カーブと逓減カーブ、どちらが正しいのですか?
媒体と状況によって変わるので、どちらか一方が正しいということはありません。一定の露出量を超えないと反応が出にくい認知施策ではS字になりやすく、すでに買う気のある人を刈り取る施策では最初から効率が高く逓減型になりやすい、という傾向はあります。モデルでは形もデータから推定します。
Q05アドストックと飽和を考えずに分析すると、どうなりますか?
効果を過小にも過大にも見積もることになります。特に不利になるのは、効果が後から出るタイプの施策です。出稿した週の売上だけで評価すると、TVCMのように残存が長い施策は「効いていない」と判定されてしまいます。逆に、飽和を考えずに直線で当てはめると、投下量が多い媒体の効率を実際より高く見積もることがあります。
Q06この2つが分かると、実務では何が変わりますか?
「どの媒体を減らして、どの媒体に足すか」を、印象ではなく曲線上の位置で説明できるようになります。貢献度が大きい媒体がそのまま増やすべき媒体とは限らない、という判断ができるのがいちばん大きな違いです。レポートに出てくるレスポンスカーブや飽和度は、まさにこのために載っています。
アドストックと飽和がわかれば、MMMの結果は読める|まとめ
広告費と売上が比例しないのは、測り方が悪いからではありません。効果が後の週へ持ち越され(アドストック)、投下量を増やすほど1円あたりの効きが落ちる(飽和)——この2つが同時に起きているからです。MMMは、この2つをモデルの中で扱ったうえで、施策ごとの貢献度を推定します。
逆に言えば、この2つを押さえていれば、MMMのレポートに出てくる数字はほとんど読めます。レスポンスカーブ、飽和度、mROI——どれもここまでに出てきた考え方の言い換えです。統計の中身まで理解する必要はありません。
そして、いちばん実務に効く結論はこれです。貢献度が大きい媒体と、次に増やすべき媒体は、別物です。この区別ができるようになると、予算配分の会議で話すことが変わります。
この記事のポイント
- 広告費と売上が比例しないのは、効果が後の週へ持ち越される(アドストック)ことと、投下量を増やすほど効率が落ちる(飽和)ことの2つが同時に起きているため。
- アドストックは減衰率で表す。減衰率0.6なら翌週に60%が残り、約1.4週で効果が半分になる。値は媒体ごとに違い、データから推定する。
- 飽和にはS字型と逓減型があり、どちらになるかは媒体と状況による。いまの出稿量が曲線のどこにいるかが、追加投資の余地を読む手がかりになる。
- MMMは、投下量にアドストック変換と飽和変換をかけてから、他の要因と一緒にKPIを説明する。この2つを飛ばすと、効果が後から出る施策ほど不利に評価される。
- レポートで見るべきは、レスポンスカーブ上の現在地と、そこでの傾き(mROI)。貢献度が大きい媒体が、そのまま増やすべき媒体とは限らない。